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「立華高校マーチングバンドへようこそ」感想~佐々木梓とトロンボーンと瀬崎未来の物語~

武田綾乃さんの小説「立華高校マーチングバンドへようこそ」の前編・後編を読み終えましたので感想・考察を書いていきます。

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 お品書き

1.「立華高校マーチングバンドへようこそ」の作品概要

ア.「響けユーフォニアム」北宇治高校との違い

あらすじを公式サイトより引用します。

マーチングバンドの演奏を見て以来憧れだった立華高校吹奏楽部に入部した佐々木梓は、さっそく強豪校ならではの洗礼を受ける。厳しい練習に、先輩たちからの叱責。努力家で完璧主義の梓は、早く先輩たちに追いつけるよう練習に打ち込むが、楽器を演奏しながら動くことの難しさを痛感する。そんななか、コンクールに向けてオーディションが行われることになり……。

響け! ユーフォニアムシリーズ 立華高校マーチングバンドへようこそ 前編│宝島社の公式WEBサイト 宝島チャンネル

主人公は佐々木梓という立華高校吹奏楽部に入部した高校一年生で「響け! ユーフォニアム」の主人公黄前久美子の中学時代の同級生です。アニメにおいては、5話のサンライズフェスティバルで久美子に話しかけていた水色の衣装を着た子と言えばイメージがつきやすいでしょうか。

 

基本的には「響け! ユーフォニアム」同様の王道青春物で現実離れした設定(超能力とか裏社会)は一切ありませんが、「響け! ユーフォニアム」とは舞台設定的に異なる点があります。

 

◎「響け! ユーフォニアム」の舞台は弱小公立校の北宇治高校に対し、「立華高校マーチングバンドへようこそ」の舞台である立華高校は超強豪校です。吹奏楽部に入るために引っ越してくる生徒もいるほどです。

 

◎座奏よりもマーチングバンドに力を入れています(北宇治高校もマーチングバンドをする場面はありますが、全3巻中0.5巻分のみです)。立華高校は「響け! ユーフォニアム」アニメ版でも水色の悪魔と呼ばれていました。

 

◎強豪校ということで部活以外の描写は殆どありません。つまり、立華編ではほぼ吹奏楽オンリーで進行していき梓の性格からか強豪校でヒマがないのか、恋愛要素も皆無です(後者の描写は本編中にあり)。ですので、恋愛要素の苦手な方でも安心して楽しめると思います(百合的なことを仄めかす描写は多少ありますが)

 

イ.本作のみどころ

一言で言ってしまうと、

「スパルタ練習とそこから生まれる人間ドラマ」

:作品のあらすじにもあるように練習は非常に厳しいです。練習内容も厳しいですが、先輩たちも容赦ないです。逆に顧問の熊田先生は部員の意識が高いためか自主性重視で、滝ほどは介入してきません。

 

 ただし、上の言及のように佐々木梓は叱責なんて受けず、逆に一部の先輩から嫉妬されたりするのですが。自分も梓が詰められるブラック部活ストーリーと思ったら肩透かしを食らいました。

 

どのくらい厳しいかと言いますと、北宇治高校吹奏楽部のメンバーが遊びに行った地域の伝統的なお祭りの「あがた祭り」に参加できない位です(この祭りは黄前久美子の大きな転機にもなりますが)。あまりの厳しい練習に、本編中で梓と同じパートの1年生(経験者)が辞めたいと愚痴をこぼしたりします。

 

これ以上はネタバレになりますので避けますが、練習が厳しいためか「響け! ユーフォニアム」よりも部活以外の描写は少なく練習,練習,練習・・・の毎日でどのような人間ドラマが繰り広げられるかが見どころです。

 

 

2.シリーズ内での位置づけを語ってみる

ア.立華高校編のユーフォニアムシリーズでの位置づけ

本作は北宇治のある意味ライバル的な立ち位置である立華高校吹奏楽部を舞台に、マーチングバンドという吹奏楽の競技に明け暮れる青春ストーリーです。「響け! ユーフォニアム」原作小説は未読でも問題ないですが、「響け! ユーフォニアム」の原作小説を買うorアニメのDVDを借りてみてから本作を読んだ方が楽しめます。

 

立華高校のモデル校はマーチングの強豪として有名な京都橘高校です。立華を立=たち,華=はな,と読んでいくとモデル校であることが分かります。パフォーマンスを見てからの方が、立華の凄さが分かると思いましたので、京都橘高校のパフォーマンス動画を掲載しましたのでご覧ください。

 

 イ.佐々木梓のこれまで

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北宇治編での佐々木梓は、「黄前久美子の過去」を象徴する友人という位置づけに尽きます。過去というのはオーデイションで同パートの先輩から逆恨みされたり、ダメ金を「良かったね」と言って同級生を泣かせてしまった必ずしも楽しい事ばかりとは言えなかった中学時代です。

 

立華編を読んでいけばあみかに対する態度で分かるのですが、佐々木梓の特徴として「(実力が下の者に対して)面倒見が良い」ということが挙げられます。久美子も上手かったとは言え、流石に立華高校の推薦を貰えるレベルではないでしょうから保護者感覚で接していたのでしょう。中学時代に麗奈に興味を示さなかったのも、実力が上だったからに他なりません(ま、中学時代麗奈は梓に限らず久美子を含めて他人にあまり興味が無かったのですが)。

 

そんな久美子の転機となったのはサンフェスで、f:id:sasashi:20170626222002g:plain

「その時気づいた。私はもうスタートしていることに。そしていま、後悔していないことに」

 という久美子の語りで古い中学時代の関係と決別し、新しい関係(北宇治高校吹奏楽部)をスタートしている事が明白になりました。上のシーンでは古い中学時代の関係の象徴である梓から遠ざかる様子があからさまに分かります。同時に梓は久美子の友人としてはある意味死を迎えたしまいました。この後の登場シーンとしては、アニメでは1期13話,2期5話,7話に留まることから関係性が疎遠になったことが浮き彫りになります(原作に至っては1巻相当部ではもう登場しません。)。

 

ただ、梓の根本は「もうスタートをしている」久美子と異なりサンフェス時点では変わる気配すらないので、また新たなターゲットを見つけてしまいます。そのターゲットとは名瀬あみかという初心者で..(本編に続く)

3.シナリオ解説・考察【ネタバレあり】

A.前編解説

 ア.暴走フォワードマーチ

吹奏楽、正確にはマーチングバンドの強豪校に入学した佐々木梓です。トロンボーンパートの1年では一番の実力を持ち、厳しい叱責の飛び交う練習をこなしつつ自主的な練習を欠かさないという超強豪校である立華の檻的な部員として描写されています。そのためか、先輩から初心者である名瀬あみかの指導も任されると一見問題なさそうな梓ですが・・・

 

このチャプターでは、梓は初心者である同じパートのトロンボーンのあみかの指導役を任されます。あみかは初心者ということで立ち位置的には、北宇治編の加藤葉月にあたる登場人物ですが、葉月と異なり内面的には幼さが目立ちます。

どういう学生時代を過ごしてきたのか、あみかには社交術というものがさっぱり備わっていなかった。軽くいなせばいい冗談も、悪意をはらんだ皮肉も、彼女はまっすぐ受け止めてしまう。周囲の人間が真綿に包むように厳重に隠している自意識を、あみかは平然と剥き出しのままで持ち歩く。  引用 :p51

 この引用部は梓の主観が入っており、梓に持ってないものを持っているという苛立ちが若干読み取れます。ですが、それを差し引いてもあみかの精神的幼さはこの引用部で伝わってきました。葉月も吹奏楽に関しては全くの無知でしたが、吹奏楽以外の面では経験者である緑輝や久美子より精神的に云々ということは無かったです。あくまで、同じクラス&同じ低音パートの同期というスタンスには変わりありません。あみかと梓の関係は、この時点では久美子達のように対等ではなさそうな印象がありますがどう変わるのでしょうか。

 

またあみかは精神的幼さだけでなく練習時の昼ごはんが「コンビニエンスストアの菓子パン」と生活習慣が乱れているという描写もあり、立華高校吹奏楽部員としての意識もこの時点ではお世辞にも高いとは言えません(勿論、北宇治吹奏楽部の初期よりはかなりマシですが)。ここからあみかが吹奏楽部としての意識をどう高めていくのかが見ものとなります。

 

イ.追憶トゥザーリア

 校内で行われるハッピーコンサートに向けパートリーダーの瀬崎未来からステップの課題を出された、佐々木梓たちトロンボーンパートの1年生4人はステップ練習を繰り返します。トロンボーンパートの1年生には梓以外にも初心者の名瀬あみか,戸川志保と志保と同じ中学の吹奏楽部に所属していた的場太一の4人が所属しています。

 

1回目のテストでは、ストイックに練習する梓は未来から褒められるレベルでしたが「努力」が嫌いな太地は本当はもっとできることを指摘され、志保とあみかは全然ダメと不合格を言い渡されました。その後の会話で、努力嫌いな太地が「(経験者なのに)このままじゃ初心者のあみかに負けるぞ」等と地雷を踏みぬかれた努力家である志保が

「部活辞めたいって言ってんの!このドアホ!」(引用:p130)

 と部活辞める宣言を衝動的にしてしまい梓に来るようにいいます。その後の会話で、

志保は梓に「弱さを売りにする」あみかが好きになれないこと、そして「そんな自分がいちばん嫌であること」、梓にも嫉妬している事などを打ち明けました。

 

あみかは、「暴走フォワードマーチ」でも書きましたが読者から見ても言動や見た目から幼ないのは否めません。まあ、こういう「弱さを売りにする」庇護欲をそそるタイプが同性では嫌われそうなのも分かります。あみかみたいな女子(女性というのは幼い)男性的には受けの良いタイプなので、太一は志保と違って嫌悪感を抱いている様子は無いです。まあ、自分も男なので嫌いではないですが。表紙や先日発売された「北宇治高校の吹奏楽日誌」のビジュアルを見るからに可愛らしいタイプではあります。

 

とはいえ志保は、梓に打ち明けるまで表向きはあみかに嫌悪感を抱いている素振りを見せず梓にもあみかが嫌いな自分が一番嫌であると大人な対応ですが。少なくとも、滝と知り合いであることをバラされたことで先輩に突っかかる麗奈よりはよっぽど大人です。自分が嫌という発言が、志保の努力家である性格からものなのかそれともドラムメジャーの神田南の次のような発言に象徴される立華の体質がそうさせるのか、両方だと思いますが。

私たちが目指しているのは、マーチングコンテストの全国大会金賞です。そのためには、ベストメンバーで大会に挑む必要があります。くだらない言い争いや個人の感情で時間を無駄にするわけには行きません。そのことを肝に銘じておいてください  引用:p24

2年生の先輩などの協力もあり、梓たちは無事再テストに合格しハッピーコンサートを迎えます。

 

そして本章で一番重要なシーンといって良いのが、ハッピーコンサート時の梓の中学時代の回想です。「暴走フォワードマーチ」の段階では性格的にも演奏的にも立華の檻といってよい梓でしたが彼女の欠点が明らかになります。

 

中学時代に梓には柊木芹菜という苦手な同級生がいました。芹菜に対しても、いつものとおり声をかけようとする梓ですが、芹菜は梓の本性を見抜いていたのか辛辣な発言で拒絶しようとします。

「佐々木さんのような人、見てて苛々する。上から目線で話しかけてきて、自分が受け入れられるのが当然みたいに思ってる。ねえ、私みたいなやつに話しかけて何がしたいわけ?お前みたいなクズに話しかけてやるなんて、私はなんて優しい子なんだろうって、そういう自分に酔いたいだけでしょ。」(引用:p174)

「佐々木さんさ、病気やと思うよ」「そうやって、誰とでも仲良くしようとするの。自分が不利な立場のならんように、みんなに八方美人して。嫌われたくない病にかかってる」(引用:p175)

芹菜の描写は後編の重要な伏線なので注意して読みましょう。

 

 ここら辺の発言は、ここまでの梓の周囲への接し方(特にあみか)を見てくれば分かるのですが1つだけ特徴的な『手』の描写を。

あみかの手よりも、自分の手はずっと大きい。その単純な事実に、梓は心の底から安堵した。(p152)

本描写では、物理的な体格の差(梓157cm,あみか152cm)のみならず、あみかを深層心理的に見下していることを暗に示しています。手の表現は前編の中で幾つも出てきますが、その全てであみかの手は「小さい」「幼い」という表現がされていることから物理的では済まない、梓の深層心理が浮かんできます。梓のあみかへの深層心理がだんだんと浮かび上がって来て、周囲から警告を受け始めるのが次章です。

 

 ウ.緊張スライドステップ

 吹奏楽コンクール京都府大会(響けユーフォニアム1期アニメの最終回の大会)の為に校内合宿を行い、合宿でオーディションを行うことになった立華高校吹奏楽部です。梓は実力で103人の中から55名しか選ばれないA編成の狭き門を勝ち抜くものの、トロンボーンのソロをパートリーダーの瀬崎未来から勝ち取れなかったので、悔しさを滲ませました。コンサートに選ばれた梓は選ばれない他の1年生と別々に練習しあみかと会う機会も減っていきました。それでも分からないことが多いあみかに梓は練習の合間に教えようとするも、戸川志保と的場太一が「あみかのことを気にせず自分の練習をしろ」と忠告をします。

 

梓は、「自分の練習はしっかりできている」と反論するものの太一は

「このままやと、名瀬は佐々木なしではやっていけんようになるから」

引用:p266

 とあみかから離れるべき理由を告げます。その夜あみかは梓に今まで見せたことのない大人びた表情で自分の中学生時代の過去を話し、今まで暗く友達のいなかった中学時代と決別するために「明るく振る舞う」ように演技していたこと、演技をしたモデルの子が吹奏楽部員だったことから高校で吹奏楽部に入部したこと、そして梓が初めての本当の友達であることを話しました。初めての本当の友達を傷つけているとあみかは言いますが、梓はそんなことないと否定します。が、このすれ違いが1巻最後のあみかの梓にとって非情な宣告の伏線に繋がるのです・・・

 

自分も本小説を読んで、2週目の本章を読むまではあみかって本シリーズの他の登場人物より精神年齢低いと梓同様見くびっていました。多分自分が梓と同じ立場ならあみかに対して親と子供のように振る舞いそうではあります(その立場に至るには、かなりの実力が必要ですが)。それでも、あみかを子供のように手元に置きたい梓でしたが、吹奏楽コンクールの帰りついにあみかからこう告げられるのです。

「私、カラーガードを希望することにしたの」「私、一人で頑張ってみるよ」 

「だからね、もう梓ちゃんがいなくても大丈夫だよ」引用:p336

 という場面で前編は幕を閉じます。あみかに振られてしまったかにしか見えない梓ですが、『これからどうなるのでしょうか?』というのが後編の見どころです。

 

エ.余談~アニメ2期5話の佐々木梓~

前編のクライマックスは吹奏楽コンクール関西大会ですが、「響け!ユーフォニアム2」の5話で梓が久美子と会話した後のこのシーンを覚えているでしょうか?ここで、梓が青いミサンガを付けていることが分かりますが、このミサンガは京都府大会の直前にあみかがつけたものです(アニメではあみかは登場しません)。最も、北宇治高校が関西突破できるか否かで緊迫感を持って視聴しているとそこまで余裕が無いですが本小説を先に読んでいた読者はニヤリとできた場面であると思います。

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原作小説で該当する場面を説明すると、京都府大会に向かうあみかの両親の車中であみかが自分はA編成で出られないということで梓に濃い青色のミサンガを付けるというものです(p314)。

 

ちなみにミサンガを付けて臨んだ大会の結果は、

sasashi0526.hateblo.jp

をご覧ください(5話未視聴者は要注意です)。しかも、このミサンガは後編のあるシーンで切れてしまうのです・・

 

 

 4.後編解説

 ア.プロローグ

 後編プロローグでは、梓がトロンボーン≒金管バンドをを始めた動機が描かれております。梓が小学4年生で金管バンドを始めたのは、部活をすることで「仕事で忙しい母親を心配させたくないため」という動機でした。そう、父親がいないという点こそが梓の人格形成に良くも悪くも影響しているのですよね。特に悪い面があみか関連で前編の終盤から顔を出してくるのですが、後半ではどうなるのかというのが後編の争点ですね。

 

そうなんです、梓は久美子や麗奈と違い部活であれば何でもよかったのです。音楽が好きだったわけではないのですよね。

その翌日、梓は真剣に悩んでいた。部活だ、部活。部活を探さなくてはならない。p11

 部活を探すタイミングで金管バンド以外、例えばミニバスとかのポスターを目にしていれば梓は一生トロンボーンに出会わなかったでしょう。

 

イ.妄想マークタイム~梓、志保にぶたれるってよ~

 吹奏楽コンクール京都大会で北宇治同様関西へ駒を進めた立華高校吹奏楽部が、マーチングコンテストに向けた校外合宿による過酷な練習に挑むのがこのチャプターとなります。

 

しかし、梓は過酷な練習は全く苦にしておらず、むしろ、

「キビキビ動く!」「はい!」南の叱責に、部員たちは足早に自分のポジションについた。この調子が三日も続くとなると、相当ハードな練習になりそうだ。にやついた口元を隠すように、梓はマウスピースに唇をつける。これからの練習が楽しみで仕方なかった。p30

という始末です。

 

この描写の限りでは、梓には決してブラック部活の概念なんて理解できないと思います。後、ハードな練習でにやつく佐々木 梓さんなら休日出勤・サービス残業すら喜んでやりそうなので、私がブラック企業の経営者なら一発採用です。しかし、梓さえも過労のせいか終盤で倒れるので立華高校の練習はやはり過酷でしょう。

 

そんな梓が気がかりなのは、副部長でカラーガードリーダの小山桃花にしごかれるあみかです。「梓ママ」(花音曰く)にとって前編のラストの、

「だからね、もう梓ちゃんがいなくても大丈夫だよ」前編 p306

の言葉であみかに勝手にフラれたと思い込んでいるので桃花にしごかれていると聞き、気が気でないのです。梓は、全体練習後にあみかの様子を見に行くと案の定マンツーマンで桃花に怒られておりました。

 

 合宿2日目には梓は桃花に抗議しようとすると、戸川志保に見つかり追い込まれます。この一連のシーンで、梓は志保にぶたれるのですが、ぶたれる前のやり取りで完璧超人という梓とは思えない本性が見えてきます。

中でも次のぶたれる直前のセリフとか、あみかが聞いたら無事ではすみません。

「わかってへんのは志保やろ。うちがあみかのことをいちばんわかっている。あみかには、うちがおらんとあかんねんて!」 p70

 この次の瞬間、志保は

「ええ加減にしいや」パシンと乾いた音が耳元に響いた。鼓膜が震え、それと同時に左頬に衝撃が走る。皮膚の表面で乾いた痛みは、次第に熱へと変化していった。平手打ちされた。 p70

 と梓に手を上げます。

 

まあ、平手打ちしたくなるわなと志保に同情的ですね。ぶたれた梓にとっては、親父にもぶたれたことないのに! (おやじにもぶたれたことないのに)という状況でしょうか。梓の母親が、同じ片親でもあすかの母親みたいに教師の目の前で引っぱたくとは到底思えないですし。

 

先ほどの前編部分では、

それを差し引いてもあみかの精神的幼さはこの引用部で伝わってきました。

とあみかが幼いと書いてきましたが、前言撤回です。この場面をみていると梓の方が精神的に幼いと思えてきます。

 

こんな幼稚な発言は、ユーフォの人物では他に麗奈の

「ウザいウザいウザい!もうなんなんアイツら!意味わからん、ほんま性格悪すぎやろ!クソみたいなやつらばっかりか!あー!もう!うっとうしいなあ!」p257 響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部へようこそ

位しかありません。そう考えると、失言こそ多いものの久美子とかすごい大人なんだなと感じます。志保との会話で、あみかと距離を置くことに決めた梓ですが、その後梓の特異性をさらに2年生の橋本杏奈との会話から見出せます。

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四角で囲った部分が、梓と杏奈の会話で見えてくるのは、梓は「自分が厳しいのは何とも思わない」という点です。やはり圧倒的な実力(立華1年では間違いなくトップでしょう)と意欲をもってすれば立華の練習とて苦にならないのでしょうか。まあ、それだけではないのが終盤に分かってくるのですが。

 

ウ.瞬間パレードレスト~梓、泣いちゃうってよ~

A.桃花の真意に気づけたあみか。そして、気づけなかった西条姉妹(と梓)の差

合宿も終わり、お盆休み前の掃除から場面が始まります。

掃除の場面で、桃花に注意される1年生達ところで花音と美音は

「南先輩って、鬼のDMって呼ばれているけど、違うよね。真の鬼は桃花先輩だよ」「マジそれ」美音の台詞に心底共感しているのか、花音がブンブンと勢いよく首を縦に振る。p98

と直属の先輩である桃花を怖がっている様子が分かります。社会人で(過去の自分を含めて)直属の上司が怖いという方も多いと思いますが、吹奏楽推薦で入学してきた意識高い部類の西条姉妹ですら怖がるので余程怖いのでしょうか。北宇治にここまで怖い先輩は、多分いない。強いて言えば桃花に近いのは、山岡ゆりの声で桃花の台詞が再生されるとか言われた吉川優子か。

 

が、あみかは

「そうかな?桃花先輩、すっごくいい人だと思うけど」p99

と怒られてばっかりの桃花を持ち上げることを言い出しました。

 

あみかの桃花持ち上げ発言を見て美音と花音は、

「あみか、正気?」「洗脳されたの?」p99

という始末です。ああ、残念ながらこの2人にとっては、3年が卒業するまで桃花≒すぐ怒鳴る先輩という印象だけで終わっていくでしょうね。後の南と梓の会話でも語られますが、桃花、いや他の立華の先輩も、怒りたくて怒っている訳じゃないのに

 

ここら辺が、美音も花音も所詮お客様&後輩感覚が抜け切れてないなぁと再読した今は思います。まあ、私も中学の部活や会社で働いているときは、怒鳴られるのから逃げたいとしか思いませんでしたので2人を糾弾する資格は無いのですから。とはいえ、ただ怒鳴るだけの自己中な輩も社会では多いので姉妹の言い分も分かるのですが。

 

 あみかは桃花、いや立華の厳しい先輩の真意に気づいているのか

「確かにちょっと怖い時もあるけど、でも、桃花先輩は私のためにいろいろいってくれているって分かっているし。練習だって、先輩も自分のことやりたいはずなのに、私のためにいっぱい時間割いてくれているし。だから、いい人だなって思ってる」 p99

 と桃花は自分の為を思っていて厳しくしてくれているという、後輩の檻としての台詞を返しました。あみかは、社会人では「不器用でも可愛がられるタイプ」ですね。自分でもあみかと西条姉妹のどちらを後輩にするか選択できるなら、可愛げがあり伸びしろのあるあみかを選びますし(職種にもよりますが)。最も、不器用にも限度があり限度を超すと駆逐されますが。→「適性のない仕事」に就職すると3ヶ月でクビになります@食品製造 

 

さらに、あみかは

花音が首を傾げた。「じゃあさ、じゃあさ!あみかは卒業式の時に桃花先輩から制服欲しいと思うの?」「うん、私なんかがもらえるならだけど」「うっひゃー、マジか」p101

 と制服欲しい発言まで飛び出しました。完全な桃あみ(桃花&あみか)状態ですが、姉妹には理解できませんし、桃花など引退したら顔も見たくないと思っているでしょう。

 

あみかが桃花をここまで慕っているのが理解できなかったのは、西条姉妹だけではありません。そう、我らが主人公佐々木梓さんも、姉妹とは全く別の理由で桃花にくっつくあみかが理解できません。いや、正確には頭で理解していたけど・・という感じでしょうか。

志保の言うとおりだ。あみかは、梓と一緒にいない方がいい。p100

そうじゃないんだよ、梓さん。が、「あみかに捨てられた!」としか思っていない梓にとっては志保が何を言っても無駄なようで

あみかの

「ねえねえ、梓ちゃん。明日からなんか用事ある?」

「もしよかったら、どっかに遊びに行きたいなって。せっかくだから」p101

 という誘いを断ってしまいます。

であみかの思いも無碍にした、梓さんがお盆休みにやったのは、全て部活の練習です。あの麗奈ですら久美子達とプールに行って生き抜くしているのに、梓の異常なほどの練習のオニであるのが分かるシーンですが、正直「誰か、お盆休み中だけでも梓からトロンボーンを取り上げないかな」と何度も読んでいくうちに思いました。

 

自分はなぜ立華に来たのか。それは、最高の環境で部活をしたかったからだ。だとしたら、それ以外のことで悩むのは間違っている。あみかにはあみかの考えがある。それでいいじゃないか。(中略)自分は自分のやるべきことをやるだけだ。 p109

 はっきり言いましょう。梓がお盆中にやるべきことは、決してトロンボーンの上達では無かったです。人間的な問題に直面しているのに、楽器なんてうまくなってもしょうがないです。これでは、北宇治外部指導者の橋本先生ではないですが、トロンボーンを吹く「ロボットみたい」です。

 

やるべきなのは、あみかの遊びの誘いに乗って、あみかそして自分に向き合うことでした。梓は、お盆というあみかと向きあうという現実から、練習という楽な方に逃げてしまったのです。勉強しなければいけないときに、部屋の掃除を始めるようなものです。が、あみかから逃げてしまったダメージはその比では無く芹菜問題も合わせて終盤まで梓は引きずることになります。

 

B.枷となった青いミサンガ~関西大会で見せた涙~

 吹奏楽コンクール関西大会に挑んだ立華高校ですが、ユーフォ本編で語られた通り銀賞に終わります。マーチングとコンクール両方で全国なら超強豪ですが、立華いえども両立は無理ということですね。

 

で、梓は本編中で関西大会後に初めてと言っていいほど泣きます。

視線を落とすと、手首の青のミサンガが目に入った。枷のようだ、と梓は思った。息が苦しい。目の縁からあふれる涙が、梓の頬を濡らしていく。許せなかった。本番で、集中できなかった自分。何をやっているのだろう。こんなんじゃ、全然ダメだ。自分はもっと上手くやらなきゃいけないのに。肉体と精神がかみ合っていない。胃の中のものを吐き出してしまいそうになり、梓は顔を伏せた。 p121

中3の時の高坂麗奈ではないですが、梓の「悔しくって死にそう」という気持ちが伝わります。ここの泣く場面は、あみかに対する心情を意識しながら読んでいくことで見解が変わりました。

 

 梓が集中できなかった要因は、初見では

普通に考えると、立華が座奏で全国に行く可能性は低い。だけど、そんな気持ちでコンクールに取り組んでいいものだろうか。わかっていても、それでも全国大会を目指して全力で取り組むべきではないのか。p113

 という気持ちから、太一の

ーでも、非能率やと思わん?どうせ無駄なことに時間をかけんの。p113

 というのが頭によぎってしまったから、座奏に集中しきれなかったと初見では思っていました。

 

が、ここの集中しきれなかった要因に関してもすあみかへの嫉妬心が若干ながら頭によぎっていたのもあるのかなと感じます。ただ、論理的にうまく説明ができないですが。もちろん、梓が集中しきれなかった最大の理由は関西大会で立華が負け戦になるのが分かっているのにということでしょうが。

 

そんな中、瀬崎未来が登場し

「泣くのは早いんちゃう?」p121

 と梓を励ましますが、その1連の流れは後述します。

 

梓と未来のやり取りの最後に、未来は梓にこう問いました

「梓はさ、吹奏楽好き?」「はい、好きです」

 「じゃ、それ以外に」「えっ、」

 そうです、梓には吹奏楽以外の何も無かったのです。未来は、あみかとの関係はこの時点では見抜けてませんが、「吹奏楽以外何も知らない」という梓のもう1つの欠点に気づいていたのです。梓の欠点として、「相手にとって自分が必要ないと判断したら、その関係を切り捨てるところ」というのがよく言われますが、吹奏楽以外空っぽなのも、十分すぎる欠点です。

 

この調子では、プロの奏者を目指して音大進学というのがエピローグで分かりますが、プロになっても清原みたいな末路をたどりかねません。「元プロトロンボーン奏者佐々木梓容疑者、○○所持で逮捕」とか。

 

ともかく、梓は吹奏楽から離れた1日を送り、その後はマーチングバンドの練習で桃花にまた怒られているあみかを見たり、神田南と1vs1で話したりして、マーチングコンテスト京都大会を迎えることになります。

 

桃花関連と南と梓の会話は、登場人物別総評で考察していきたいと思いますが、南が梓と会話する場面は最終盤の南の涙ぐむシーンと相まって、個人的にウルッときそうな名シーンでした。

 

エ.無意識テンハット~梓、未来に告白されるってよ~

A.未来に醜い自分を見せる梓

マーチングバンド関西大会進出が決まった立華高校吹奏楽部で、3週間という短い時間の中で完成度を挙げるべくますます練習に励むも、梓は志保にぶたれた日からあみかと極端に距離を置く日が続きます。

 

ある日、梓は放課後練習後の自主練習時に未来に呼び出されます。

演奏を聞かせてほしいという建前でしたが、演奏自体はあっさり終わりました。

未来から、懸案事項を切り出されました。そう、あみかと梓がうまく行っていないことです。

ほんま言うとね、入部するときから2人のことはどうすべきか悩んでたの。放置しておいて上手くいくなら、それがいちばんいいし、友人関係にまで口突っ込まれるなんて普通は嫌やんか。けど、そろそろ潮時かなぁと思って。 p217

 そりゃあ、先輩に同期同士の関係性を突っ込まれるなんて普通は嫌ですよ。久美子なら「もう、先輩!それが先輩とどう関係があるのですが!」位いいそうですし。やはり、あみかとの関係性は未来にとって末期症状だと予感したでしょう。

 

 次の未来の言葉から、1年生では解決できなかったことが分かります。未来はホンマええ先輩です。某眼鏡副部長が梓のパートリーダーなら介入どころか、「私情で練習に集中できない奴に構っている暇はない」と言われて終了でしょう。逆に北宇治高校低音パート兼副部長なら、久美子にとって普通にいい先輩で終了するので、卒業式のラストシーンもかなりシチュエーションが変化していたと思います。

志保とか的場とかが一応動いていたから、1年だけでもなんとかできると思っていたけど、どうにも荷が重いみたいやしね。パートリーダーである私が一肌脱ごうかなと、思ったわけです。 p217

 

しかし、「人に心配されるのが大嫌いな」梓にとって、先輩である未来に負担を強いたことは

梓の良心を苦しめる p217

 と苦痛なことでした。

 

 

それを知ってか知らずか、未来は話し続け、梓≒本作の核心に迫ろうと梓の心をえぐり始めます

うちはね、最初、あみかが梓に依存しているんやと思ってた。梓のあとを追いかけてばっかで、自分一人で自分のことができないみたいやったから。でも、しばらく見ててわかった。依存しているのは、梓のほうやって。 p218-219

梓は納得いかず、

「うちがあみかに依存してるって言うんですか?」 問う声は、無意識に鋭いものとなった。踵が上下に揺れそうになるのを、梓は無理やり抑え込む。p219

と無意識に怒りが出てきます。それは、あみかに依存しているのを認める≒醜さを認めることになるから

 

梓がこのような状況で友人関係が壊れたのは、あみかが初めてではありません。そう、中学時代の柊木芹菜です。ここで、前の場面に戻ってみます。

 

芹菜と交流を深めていく日々の中、芹菜に友人が出来つつありました。

その様子を見た梓は、

芹菜と他の子が仲良くするのは、何となく嫌だ。そう感じた、自分に驚いて、梓は芹菜と少し距離を置くことにした。 p203

 

芹菜≒あみか,他の子と仲良く≒カラーガードに行き、桃花に叱責される と置き換えれば、あみかの時と全く状況が一緒ですね… 梓は中学校の芹菜の体験から、なんも学んでないことになります。しかし中学の時と違い幸運なのは、あみかは「喧嘩」が嫌いなのか芹菜みたいにあからさまに怒りを見せないことと、異変に気付いている存在である志保や未来がいたことです。

 

さて、芹菜とのバッドエンドに突入した梓に最大級のダメージが発せられます

無自覚で人を振り回して。自分がどんだけ残酷なことをしているのか、これっぽっちも気づいていない。自分より下の立場にいる子と一緒にいて、助けてあげられる自分に酔っているだけ。アンタみたいなやつは、そうやって何回も同じことを繰り返すんや。他人を気付付けているのに、その自覚が全然ない。 p206-207

 ここから、梓と芹菜は他人行儀な関係になり冷戦状態の現在に至ります。

前編では、あみかの幼さを梓視点で描写が数多くありましたが、それも「自分より下の立場にいる子と一緒にいて、助けてあげられる自分に酔っているだけ」という本性の描写だったのです。初見では、本当にあみかが幼い(略)

 

未来は、梓が栞と似ているということ、あみかも梓と対等になりたいということを梓に語っていきます。

梓にとっては、都合の悪い言葉の数々ですが、志保の時と違い突っぱねたりはしませんでした。なぜなら、梓にとって先輩、それも

誰よりも優れた、尊敬すべき先輩 p220

 だからです。

 

そして、梓は先述の中学の時の芹菜の出来事を未来に語り始めました。「心の底にしまい込んでいた醜悪な独占欲」と向き合うために。

そして、あみかのことについて

あみかが、カラーガードに行ったとき、見捨てられたと思いました。あの子はうちを捨てたんやって。そんなわけないのに、勝手にムカついて。でも、ムカついていたことすらなかったことにしようとして。ほんま、志保の言うとおりなんです。うちは、あみかを利用していた。最低な奴なんです。 p222-223

とすべての真相を明かしました。 このとき梓は、きっと未来に「ごめん、梓ってそんな後輩やったんや。出てって。」と言われることも想定していたでしょう。

 

B.未来と「無償の愛」

しかし、未来は

利用して何が悪いん? p223

と意外な反応を示します。 

弁明しようとする梓に、未来は

梓はさ、ほんまにごちゃごちゃ考えすぎ。そんなん、その子のことが好きやから一緒にいたに決まっているやん。大事な友達や、って素直に言えばよかったんやで。 p224

 と、醜い感情でさえも「好き」という言葉で表現しました。梓は、『好き』の2文字が星屑のようにキラキラしていると感じましたが、『好き』という言葉は特別な響きを持ちますね。

 

そして、立華編の名セリフが来ます。

未来は、

私は、梓のことが好きやで p225

とついに告白します。

未来は、

何かをしてくれるから梓のことが好きなんと違う。助けてくれるからとか、そんなことは関係ない。ただ、普通に、好きやねん。それってそんなにおかしなこと?何かをやってくれる人しか、必要としたらあかんの? p225 

 と今まで梓が思い込んでいた『条件付きの愛』でなく『無償の愛』を告白であると告げます。

『条件付きの愛』というのは、「○○してくれるから好き」という愛なのに対して、『無償の愛』は『存在するだけで愛される』という愛です。毒親ですと、『条件付きの愛』しか与えられなかったりして、アダルトチルドレンとか言う関係になります。

 

梓は母子家庭で母親が、殆ど家のいないために「無償の愛」に恵まれなかったと思われます。無論、あすかの母親みたいに毒親的な描写は無く、むしろユーフォで登場した親で一番いい意味で真っ当な親ですが、いかんせん一緒にいる時間がねぇ‥ 吹奏楽を始めた動機からして、母親は働きづめでしっかりしないと『条件付きの愛』が得られないということですし。

 

でも、未来に

私は梓を必要としてくれる。あみかだって、絶対そう。梓は不要な存在じゃない。ちゃんと求められているよ。 p225-226

 と存在するだけでいいよと。ここの未来の言葉は、親が子どもに『存在するだけで愛しているよ』というのを伝えていますから。

 

今までの梓は、あみかを利用することで承認(尊重)の欲求を満たそうとしてたものの、実はそれより低い段階の欲求である社会欲求と愛の欲求すら満たされてなかったのです。この未来の言葉は、社会欲求と愛の欲求を満たす言葉だったのでしょう。梓のこころは揺らぎます。

風景が揺らぐ。視界に張られた水の膜が、大きく揺れたのがわかった。目の前にいる未来の顔が、光の中にぼやけていく。 p226

 未来に涙≒心の弱さを見せた瞬間でした。このシーンは、アニメ化されれば麗奈と久美子の愛の告白並みの名シーンとして語り継がれること確実ですね。

 

そして、梓も

うちも、未来先輩のことむっちゃ好きです

 と告白して、泣きました。

 

この一連のシーンで先輩後輩の『百合』を連想する方が多いですが、梓の家庭環境や未来の言葉を深く読んでいくと、このシーンに関しては「無償の愛」が満たされなかった梓(娘)に「無償の愛」を与える未来(親)という、疑似的な親子関係だなと感じますね。だから、久美子と麗奈のような「愛の告白」というのは少し違うんじゃないかなと思います。無論、未来と梓の関係は久美子とあすかの関係ともまた異なります。

 

そうして、梓はあみかとも仲直りし無事関西大会も突破し、ハッピーエンドとはなりません。まだ、「青春ベルアップ」にて未来と梓に試練が待ち構えてしまいます。

 

オ.青春ベルアップ~この6分間に悔いなし~

関西大会も突破し、ついに全国大会へと駒を進めた立華高校吹奏楽部。次なる課題は、演奏であるということで演奏にも磨きを掛けて全国へと挑む立華高校吹奏楽部であるが・・・

A.未来の退場劇~仮面の外れた姿を見た梓~

未来は骨折2か月という重症のため全国大会に出ることが出来なくなり、事実上劇中から半分退場することになります。退場する理由としては、やはり久美子に対する直属の先輩ポジションである「あすか」と比べても演奏は勿論、人格も非の打ちどころが無さすぎるからでしょうか。普通に考えて、全国までに梓が未来を演奏・人格面共に超えることは無理でしょうし。北宇治レベルなら、演奏面で3年(香織)を超えた1年(麗奈)はいますが、その麗奈ですら久美子と仲良くなるまでの序盤は人格面で欠陥がありましたし。

 

未来の怪我のシーンは、未来の退場劇以外にもう1つ重大な意味を持ちます。今までの先輩方の描写を見てみると、後輩に弱みを見せているシーンがほとんどありません。強いて言えば、高木栞が梓が未来の欠席時に代理でソロをしたのに妬んだような描写がある位です。そう、彼女たち(≒立華の先輩)は後輩の前で仮面を被っていたのです

その仮面が外れるのが、ケガと言う緊急事態という場面なので考察していきます。

未来が怪我した直後の場面では、

よかった、と未来は心底ほっとした様子で息を吐いた。証拠が眉を吊り上げる。「そんなことより問題はアンタやで。他人の心配をしている場合とちゃう。足は?大丈夫なん?」怒気をはらんだその声に、未来は困ったように頬をかいた。肩をすくめ、彼女は普段通りの音色で答える。p263-264

 と普段通りの音色で答えていることから、未来がまだ仮面をかぶっていることが分かります。実は全然大丈夫ではないことが、南からまくし立てられた次の言葉で分かるのですが。

 

南は、未来が怪我したシーンではもう仮面を被っていなかったのです。

「それで?この足で練習を続けるつもりやったわけ?そんなことをして、もし演奏中にアンタが倒れたらどうなると思う?他の子まで巻き込んでいたかもしれんやろ。後輩に気を使わせたくなかったんかしらんけど、それは単なるアンタのエゴや」そうひと息でまくし立て、南は立ち上がった。普段より乱雑なその所作からも、彼女が相当に腹を立てていたことがわかる。 p265

 南はいつも練習で厳しい様子が描かれていますが、それはドラムメジャーという役割を演じているに過ぎません。これは、中盤の梓との会話で明らかになる場面で「神田南」考察で詳しく述べます。しかし、今回の未来のけがでの怒りはドラムメジャーという役割とは関係が無く、仮面を脱いでる状態です。

 

彼女が怒りによっていら立っている様子は、

「ほら、ちゃんと他のメンバーはさっきと同じポジションについて。練習続けるから」そう指示を出す南は、苛立ちを隠そうともしていなかった。仁王立ちするその足の爪先が、ひっきりなしに揺れている。 p265

という描写からあからさまに分かります。完全に役割を忘れかけて、感情が暴走している様子がうかがえます。役割を忘れた南の影響は全体に伝わったのか、「その後の皆の演技はどこか精彩を欠いて」終わりました。

 

 その後未来に保健室に会いに行ったときに、未来から梓がソロだと告げられるのですが、その時の未来の様子は

そう笑う彼女の顔は、あまりに普段通りのものだった。 p269

 となおも仮面を被っていたのでした。

 

しかし、南から2人になりたいからと追い出された後、梓は聞いてしまうのです。

南は未来の方を向いたまま、手だけをこちらに向ける。一見普段どおりにも見える無表情なその横顔からは、しかしよく見ると焦りの色が色濃く浮き出てた。梓は速やかに保健室から退室すると、音を立てないように扉を閉めた。隙間が無くなるその瞬間、未来のすがるような嗚咽の音が梓の鼓膜に突き刺さった。 p271

 未来先輩が、(南の前で)仮面を外して泣いているのを。南が梓を追い出したのは、未来が仮面をつけたままで、梓の前では決してその仮面を外さないのを知っていたのでしょう。仮面を外せるのは、同じ立ち位置(≒同期)だけなのです。

 

それを裏付けるかのように、栞が梓に未来の状態を尋ねるのですが

「未来、泣いてた?」「‥‥‥いえ、笑っていました」「やろうね」目を伏せたまま、彼女はそっと肩をすくめた。その口角が無理やりに持ち上げられる。ゆがんだ唇は、もしかして笑顔を作ろうとしていたのかもしれなかった。「後輩の前で、先輩が泣けるわけないもん」 p273

後輩の前で、先輩は泣けない。本作は全て梓視点で描かれておりますが、そこでの未来は全て梓視点≒後輩から見た未来です。つまり、嗚咽を聞くまでの未来は全て仮面を被って登場していたのです。仮面を外した未来は、本作中で嗚咽を聞いた場面だけです。嗚咽を直接見たのは、南だけということは・・ 

 

この作品って、「心の仮面」というのも『無償の愛』に並んで裏のテーマだと思います。梓も、醜悪な独占欲という本性に仮面をしていた。先輩もまた、仮面をしていたのです。「先輩」という役割の仮面を。

 

しかし、仮面が仮面であるのが分かってしまったときは辛いです。

未来は梓の前では泣かない。その当たり前の事実が、なぜだが無性に切なかった。p274

 決して、本音を明かしてくれないから。

 

そして、梓はソロになったのですが、梓の責任感の強さが仇となり最後の事件を引き起こすのです。

B.梓、未来の幻影を追い倒れる~母親に甘えられるようになった日~

未来のように上手くならねば。そのためには、まだ自分は足りてない。努力が、実力が、全然足りない。p283

梓は、未来からソロを譲り受けたときからずっとこの強迫観念に縛られておりました。

 

梓はあみかや太一から警告を受けるも無視し、胃から物を戻すなど体調の異変も無視して「未来の幻影」を追い続けました。しかし、幻影を追うことはできませんでした。

 

「梓、腕落ちてる。楽器ちゃんと上げて」南の叱咤を受けるのは、今日の練習で何度目だろうか。「はい!」はっきりとした音色で返事をし、梓はTシャツの袖で口元を拭った p287

梓が、練習で名指しで注意される場面はココが初めてです。梓が注意を受けまくるこのシーンは、何かがいつもの梓と違うことを暗示させます。スランプ? いいえ。梓は39℃の高熱でマーチングの練習に参加していたのです。練習以前に授業とかどうしていたのか、疑問ですが。

 

案の定、練習中に梓は倒れてしまう訳ですが、その時の梓の感情は、「未来先輩みたいにならなきゃロボ」と化していました。

熱ではらんだ目を必死で開けると、ぼやけた視界に栞の不安そうな顔が映り込んだ。無意識のうちに、梓はトロンボーンを抱き締める。

自分が上手くやれないから、だから先輩たちに迷惑をかけている。こんな顔をさせるのは、梓が不甲斐ないせいだ。上手くならなきゃ、上手くならなきゃ。p290

 

自意識過剰もいい加減にした方が良いと思うよ、梓さん。「確かに未来に追いつきたいというのは責任感強すぎて、十分な長所だと思います。ただ、熱になっても先輩の迷惑云々ばかり考える梓は一生懸命さを通り越して未来と同レベルになれるという思い上がりもあるんじゃないかな」と感じます。読んでいくと、完璧超人そうな外面をした梓は謙虚に振る舞っているようで、傲慢な性格があるんじゃないかなと感じます。正直、麗奈の方があからさまに実力があると自信過剰な分だけ可愛げがありますね。

 

未来が助けに来てくれて、保健室で寝かされて起きた後も、

自分があまりにも情けなくなって、涙が勝手にあふれてくる。 p293

 始末ですから。というか、梓は未来の前でしか泣いてない気もしますが。

 

そして、未来は

「私さあ、前から言うてたでしょう。頼ることは悪くないって」p293 

と問い、梓が

「はい、言ってました」p293

と返すも、

「それを聞いていたなら、どうしてこうなっちゃうかなあ」p293

 と切なそうな声で呟きます。

 

梓は、『条件付きの愛』から未だ抜け出せていなかったのです。「未来先輩に追いつかなくちゃ、愛されない」という状態に陥ってしまっていたのです。きっと、未来の「梓は不要な存在じゃない。ちゃんと求められているよ。」も「(未来位人格・演奏が優れている)梓は不要な存在じゃない。ちゃんと求められているよ。」と勝手に解釈していたのでしょうか。人って、本性は中々変われなないよな~と虚しさもあるシーンですね。

 

さらに、未来は

「梓は、梓やねんで」p294

「つまりね、私みたいになろうとせんでいいの。ソロだって、梓がやりたいようにやればいい。実力が無ければ、立華でソロは任されへんよ。私はさあ、梓に私の真似をしてほしくてソロのポジションを託したんと違う。梓ならやってくれると思ったから、だから梓にソロを任せたの」p294

 と、自分を見失っていた梓に「梓」を出していいと助言しました。本当に、後編終盤の未来さんは先輩後輩を超えて梓のもう一人の親みたいな存在だなぁと感じますね。梓の父親は完全に欠如していますから。

 

その後、梓の母親が仕事から抜け出してきて迎えに来るのですが

ー頼ることは悪くないって

 という未来の言葉を思い出し、母親に

「もし私がハグしてって言ったら、引く?」馬鹿みたいに顔が熱い。高校生にもなって、自分は何を言っているのだろう。ただでさえ今日は母親に迷惑をかけたのに、下らない言葉を口走っている。両ひざに置いた手をぎゅっと握り締め、梓はうつむいた。やっぱり、柄にでもないことを言うのではなかった。 p300

 と甘えます。梓が実の母親に甘えた瞬間でした。未来は中性的な顔も相まって(精神的な)父親代わりとすると、梓にも両親がいるという態でしょうか。

 

この後のシーンでは、芹菜と仲直り(柊木芹菜の考察で詳細)して、未来の継承者(佐々木梓と瀬崎未来の考察で扱う)として選ばれ、マーチングコンテストで金賞を受賞して本編は幕を閉じます。

 

c.梓の前だけで泣いた未来

本編ラスト1ページを丸々考察してきます。

傍らに立つ未来が、そっと笑みをこぼす。その耳にだけ届くよう、梓は熱のこもった音色でつぶやく。「うち、立華に来てほんまよかったです」うん。そううなずいた未来が、涙を隠すようにうつむく。その手首に巻かれた明るい水色が、部員たちを祝福するように光を帯びて輝いた。p341

 未来が初めて梓の前で泣いたシーンです。未来が怪我をした後は、栞が「後輩の前で、先輩が泣けるわけないもん」と言っていたのからも分かるように、立華の先輩たちは弱みまして涙なんて見せないようにという「先輩」という役割のプロ意識を持っております。その先輩が隠すようにとはいえ、梓という後輩の前で涙を流すのは驚きました。

 

しかしこのシーン、梓の前だからこそ涙が出てきたのです。未来にとって、梓は曲がりなりにも「弱みを見せられる後輩」だったから涙を見せたのです。

 

大会前のこのシーンですと、トロンボーンパートの後輩である志保や太一やあみかがいるのですが、自分が出られないのに涙なんかまったく見せておらず笑顔という「仮面」を付けたままでした。

にこりと目を細める未来の横顔には、先ほどふざけていたときの面影はすでに残っていなかった。もしかすると、太一の緊張をほぐすためだけにあのようにふるまっていたのかもしれない。そう考えた途端、目の前の先輩の存在が何かとてつもなくすごいように思えて、梓はぶるりと身を震わせた。p330

そう、あみかや太一や志保の前では引退まで先輩という「仮面」を被っていたままだったのです。それは言い方悪いですが、3人は未来にとって梓ほどは特別な後輩ではなかったからです。未来が立華の吹奏楽部時代の記憶で最後まで残る後輩は、間違いなく梓と言えます。あみかに関しては、梓に対する未来のような特別な先輩は桃花という考えも出来そうですが。 

 

梓が特別な後輩であるというのは、ここまでで気づく人が大半ですが、涙という弱みを見せる伏線としては前編合宿時の朝のこのシーンでしょうか。

まず、

「オーディションが怖い。去年までは、こんなこと思ったことなかったのに。結果を出さなきゃって思うと、急に全部怖くなった。」前編p222

 と未来がオーディションが怖いという話をします。

その後、梓が

「いまの話、うちやから教えてくれはったんですか?それとも、うちがたまたまここにいたから、話してくれただけですか?」前編p223

 と尋ねたのに対して、未来は

「梓には伝えとこうと思ったの」p223

と梓だから告げたことが明かされます。更に未来は、

大丈夫そうな顔をしてる先輩も、意外に弱いところはあるんやでって。p225

 と先輩にも弱いところがあるということを告げます。先輩の弱いところ≒『仮面』が外れる瞬間は後半でいくつかあるのは先述の通りです。

 

カ.エピローグ

 舞台は、2年後の梓とあみかが引退式を終えた場面に飛びます。梓は部長としてソロとしての大役を果たし、無事金賞を取ったと肩をなでおろす中、恵里佳という北中出身の後輩が現れました。恵里佳はおそらく未来の写し鏡的存在というのは本文中にも言及されていますね。

恵里佳が涙ぐむんで顔を拭きつつ、

「私、先輩のことずっと好きでした。もしよろしければ、先輩のジャージください!」p346

 別にこの恵里佳に変な性癖が有る訳ではなく、単純に尊敬している先輩の形見が欲しいだけでしょう。現に梓も、特別な先輩である未来のジャージを卒業式後に貰っていたことが判明します。

―だって、梓には一番期待しているから。あの日、未来は梓にそう告げた。卒業式のあと、未来から両手で受け取ったジャージは、なぜだかズシリと重かった。先輩から後輩へ。受け継がれていくものは、きっと目に見えるものだけではない。 p347

 赤字部の言葉で、本作で伝えたかったことの50%を伝えていると言っても過言ではありません。残りは、梓にかけていた父親的存在とか強豪校の苦悩とか云々です。

北宇治編エピローグでも、あすかから久美子に『響け!ユーフォニアム』の楽譜の載ったノートを貰っております。ここから、ユーフォニアムシリーズ全体で「先輩から後輩へ。受け継がれていくものは、きっと目に見えるものだけではない。」という共通したテーマが垣間見えます。

 

その様子が描かれたイラストとして、みそぎさんの「『響け!ユーフォニアム』先をゆくひとは」がピッタリなので、紹介させていただきます。

www.pixiv.net

 

 

5.登場人物総評・考察(一部登場人物のみ)

前後編合わせた登場人物の考察です。

ア.佐々木梓

A.佐々木梓総論

 梓に関しては、今まで散々語りつくしてきたので、考察というほどの考察は正直思い当たりません。

【追記】佐々木梓について考察する点が無いと書きましたが、梓のとんでもない点に気づいてしまったので、別記事で後日執筆する予定です。

正直、梓は初見では久美子や麗奈の上位互換であるなと感じていましたが、後編では性格の欠陥が見えてきたので、本編考察でもかなりこき下ろした書き方になってしまいました。

 

 とはいえ、マーコン全国金賞後いきなり3年引退後に飛んでおり、梓の欠陥の要因となっていた「『父親的存在』の欠如による、無償の愛の欠如」は全国金の段階で克服されたのかなと思います。現に部長に選ばれていること,音大進学が決定していることから、人望・技量ともに立華の頂点であるのが予測でき、成長物語としては1区切りかなと思います。

 

立華はもともと強豪なので、部自体の成長は書きようがが無かったと思います。立華高校編をハリーポッターみたいに7巻ぐらいでまとめるなら、1・2巻1年生,2~4巻2年生,5~7巻3年生編とかにして6巻ぐらいでやっと強豪校として形が整う態でもいいですが。武田先生の負担が重すぎるのでナシですね。

 

北宇治編に関しては、一番時間が進んでいるのが番外編の立華との合同演奏会であることから、久美子引退までは久美子や北宇治高校吹奏楽部の物語の続く余地は一応あります。アニメ版のラストを見る限り、これ以上やらなくていいと思いますが。

 

 まあ、「父性の欠如」とはいえ残りの母性も毒親で欠如していたあすかに比べれば、梓は恵まれすぎている環境としか言いようがないですが。最も梓の母親があすかの母親ように毒親なら、そもそも立華に入学させないので物語は始まらないですが。

B.佐々木梓のカップリングについて【佐々木梓生誕祭2017】

3月7日が佐々木梓の誕生日という設定もあって、佐々木梓生誕祭2017記念として佐々木梓×○○のカップリングアンケートを取りました。

 今回のアンケートは見て分かる通り、佐々木梓×名瀬あみか(あずあみ)が47%と一番人気となりました。佐々木梓×瀬崎未来(あずみら)が佐々木梓×柊木芹菜(あずせり)より人気が無かったのは予想外(と言っても、15票なので100票くらいあれば覆るかもしれませんが)でしたが。やはり、梓と未来の関係は百合的カップリングより父娘的な関係という考察は間違ってないのでしょうか。梓×あみかの百合小説とかエロ的な百合漫画は大いに見てみたいですが。

 

イ.名瀬あみか~あみかの異変→上に上るためには先輩が必要~

本編中のあみかに関しては、分かりやすい成長物語となっています。

前編では、あみかは幼い存在として描写されていました。加えて、どんくさい性格入部当初の立華での序列は最下位といっても過言ではありませんでした。

加えて、立華高校吹奏楽部員の意識も高いとは言えず

あみかの前に、広がっているのは、コンビニエンスストアの菓子パンだった。クリームパン、チョコレートデニッシュ、イチゴ蒸しパン。甘いものが好きな彼女の食生活はかなり乱れているようだった。 前編p82

といった、事実上体育会系のハードな練習を行う立華の部員とは思えない食生活を送っていたりしました。

 

しかし、曲がりなりにも梓の指導の下、何とか成長していき・・・・とはなりません。北宇治のあみか相当のポジションの登場人物としては葉月が居ます。しかし、葉月は演奏の技量はともかく精神面では年齢相当の描写であった上、元が弱小校なので大きく出遅れている印象は有りませんでした。しかし、あみかは他の1年生全員が経験者の上、もともと強豪校なので遅れは広がる一方で、梓だけが頼みの状況に陥っていました。

 

あみかは無意識に追い詰められていたのです。最初の異変は、前編の合宿の夜のあみかと梓の会話に現れました。

あみか?そう名を呼ぶが、彼女は返事を寄越さなかった。その唇が、ぎゅっと横一線に結ばれる。(中略)苦しさをこらえるように、その眉根が寄せられた。布団をつかむ彼女の指先は微かに震えていた。「梓ちゃんは、あみかのせいで困っていない?」「いきなりどうしたん?もしかして桃花先輩に何か言われた?」「‥‥‥違うよ。ただ、ちょっと気になっただけ」p213-214

 この時は、

「だから、あみかはそのままでええねんで。うちを頼ってくれたら、それでええから」p214

 と過保護な親っぷりを発揮してかわしました。

 

しかし、あみかから帰ってきたのは

浮かべられた笑顔は、何故だか泣き顔によく似ていた。 前編p214

という表情でした。 個人的にこの表情はさしずめ令嬢が外の世界に行きたいのに、お手伝いさんに庭の中で遊んでなさいと言われたような印象を持ちました。無意識のうちに、梓はあみかに対して毒親的な発言をしてしまっていたのです… 芹菜に見限られたのも、無理はありません。

 

あみかは、さらなるサインを梓に送ります。志保と太一に、梓に対してあみかのことを初心者扱いするな,距離を置けと言われた後、あみかは梓をある場所に誘います。塔の島です。そこのベンチで肉まんとピザまんを食べながら、会話となりあみかは自身の過去を話し始めます。

 

「朝起きて、学校に行って、授業を受けて、帰る。本当に、ただそれだけの繰り返し。思い出なんて何にもなかった。気配を消して、教室の隅で、一日が終わるのをずっと待ってた。思い出なんてね、全然ない」自嘲するように、その唇が小さくゆがむ。大人びた横顔に、梓は一瞬呆気に取られた。そんな顔も出来たのか。あみかのことを知り尽くしていたと思い込んでいたことが滑稽だった。 前編p281

愛らしい笑顔でない大人びた横顔を見せたのは初めてで、「あみかのことを知り尽くしていたと思い込んでいたことが滑稽だった」ということからあみかも梓に対して「仮面」を作っていたことが推測できます。

あみかは、これまでの自分を「演技だった」と告げ、「もう本当の自分を思い出せない」と告げました...  前編ほぼ1冊分仮面を被っていたということになります。梓には随分ショックでしょう、親友と勝手に思ったいた人物が仮面を被っていたのですから。

 

とはいえ、

マーチングのステップのときだってね、不安で仕方なかったけど、でも、本番でちゃんとみんなと同じ動きができたときね、私、自分が変われたと思った。私ね、梓ちゃんがいてくれて本当によかった 前編p282-283

という表現から、あみかが入部して、最低ラインに立てるようになったのは間違いなく梓の功績です。これが太一や志保が梓のようにあみかの教育係を任されても、梓ほど人に構う余裕がなく、あみかは立華高校吹奏楽部から脱落→退部していた可能性が高いでしょう。現に志保は、あみかに構っている余裕がないということを告げてましたし。

 

とはいえ、同期同士で切磋琢磨(というには実力差がありすぎますが)では済まないのが縦社会の高校の部活動です。同期しかいないのは2次元のお緩い部活位です。ことに立華高校吹奏楽部のような強豪ですと、次の段階に進むには先輩の存在が必須です。梓にとって、それは未来ですし、あみかにとっては桃花だったのでしょう。

 

あみかは、

「このままじゃ、自分の足で立てなくなっちゃう。」

「梓ちゃんは私にいろんなものをくれたのに、私は梓ちゃんになんにもあげられない」

前編p284

 と、梓に縋りつくことの恐怖を語りました。あみかは「同期」に甘えていてはダメで、上に上がるためには「先輩」の存在が必要と気づいてしまったのです。梓はあみかを子供であると無意識に見下していたので、その異変に気づかなかったのでしょう。

 

そう、ここが異変に気付く最後のチャンスだったのです。ここで、異変を見逃してしまったために、梓は吹奏楽コンクール京都大会金賞後に最大限のダメージを食らって終了します。

「だからね、もう梓ちゃんがいなくても大丈夫だよ」前編p336

 

あみかが、カラーガードで桃花にしごかれ泣かされるのは後編を読んでいる方には周知の事実ですが、最終的には制服が欲しいとか言い出し、かみをわしゃわしゃされる場面がるので、桃花には厳しくされつつも優しくされている場面もあると推測できます。本編自体が、梓視点のため、南と異なり桃花との1vs1の会話が無く人物像や「仮面」を外した姿が分かりづらいですが・・・ 桃花考察でも触れます。

 

ウ.瀬崎未来~ボーイッシュ≒父性を表しています~

瀬崎未来と言えば、ボーイッシュな中性的な登場人物ですが、このような人物像にされたのには訳があります。本編でも述べましたが、梓に欠如した、もう1人の疑似的な親の立ち位置であったからです。梓に欠如しているのは父親的立ち位置なので、ボーイッシュな登場人物像になるのは当然でしょうか。逆に、梓に母親が欠如している話ならいかにも女性的な登場人物像であった可能性は高いでしょう。

 

ボーイッシュである描写を抜き出してみます

未来の指がするりと刺繍の凹凸をなぞる。その中性的な横顔に、梓の心臓はトクンと跳ねた。/ その無邪気な表情は、どことなく少年のようにも見えた。前編p90

宝塚の男役的な感じでしょうかね。

「それでは再テストを始めます」並んだ四人にまっすぐ向き合い、未来は言った。その首には黒のタオルがかけられていた。白のTシャツは透けていて、彼女の控えめな胸を包むスポーツブラの形が浮き出ている。未来はこうした点に非常に無頓着で、よく栞からインナーを着るように説教されていた。前編p159-160

スポーツブラの下りは、初見では気づかなかったです。梓と対照的な控えめな胸も、ボーイッシュ≒父性ということでしょうか。

彼女の顔立ちは、一見すると美少年のようにも見えた。さっぱりと短く切られた髪は涼しげで、梓は無意識のうちに自分の黒髪を指先に巻きつける。 前編p223

そんな未来と対照的に梓は母親の趣味で常に長髪です。

 

未来は、梓の母親にもイケメン扱いされており

「それにしても、さっきいた松葉杖ついていた子、梓の先輩?えらいカッコいい子やったわね。女の子やのにイケメンよねえ。ああいう中性的な顔に母さんも昔憧れたのよ。いいよねえ、短い髪が似合うのって」p297-298

 と梓が倒れて車で帰宅時に母親に言及されております。おかげで唯一の名有り男子部員の的場太一の影が薄いのですが… 練習が厳しすぎるためもあり、秀一みたいに梓と恋愛関係には全く発展しないですし。太一は志保がお似合いですが、本編では尺の都合上語られませんでしたね。

エ.神田南~鬼が最後に見せた涙~

鬼のドラムメジャー神田南です。彼女の描写がある意味で個人的には一番のお気に入りなので、語っていきたいと思います。

南は、「鬼のドラムメジャー」という異名の通り全体を通じて非常に厳しい先輩として描かれております。

南に限らず立華の先輩は皆厳しいのですが、その訳は何回か語られます。中でも吹奏楽コンクール関西大会で未来が泣いている梓と会話する場面が本質を突いているので引用します。

 「どんな分野にしろ、どんな場所にしろ、レベルの差ってのは生まれるわけ。これはもう仕方のないことやと思う。吹奏楽というのは、この下位のレベルの人間をどこまで上位に持っていくことができるかが勝負の別れ目やと思うねん。なんせさ、団体競技やん。一人だけスーパープレイヤーがいたって、吹奏楽じゃ上には行けへん。マーチングでも座奏でも、みんなが上手くいかないとあかんわけ。一人足を引っ張るやつがいたら、その時点でもうすべて台無しになる」p124-125

 「一人足を引っ張るやつがいたら、その時点でもうすべて台無しになる」。そう、1人だけ上手くないからいいやというのは致命的なのです。団体競技とはいえ、これがスポーツならばまだ他の何人かでカバーして取り戻すという手法でも行けなくはないですが、吹奏楽では1人でもミスると悪目立ちしますからねぇ…(やったことないですが)

 

しかし、実生活でもそうですが、怒るという行為は非常に負担の大きいものです。南に話しかけられた梓も思うところがあったのか、南にドラムメジャーのことを尋ねました。このシーン自体は、あみかとの関係をミスリードするきっかけですが、強豪校の先輩の苦悩というのも語られているので。

「ドラムメジャーってしんどいですか?」梓の問いに、南は表情を変えないまま肩をすくめた。Tシャツの襟ぐりから、その鎖骨がのぞいている。

「しんどいよ。私だって、別にガミガミ怒るのがすきなわけやないし」「そうですよね」「でも、こういった役割って絶対必要やから」そう言って、南は静かに目を伏せた。 p150-151

梓に南は 「鬼のドラムメジャー」という役割を演じていると告白します。「鬼のドラムメジャー」というのも、先輩という「仮面」の亜種と考えれば分かりやすいですが、未来と異なり特別に接点がなさそうな南が「仮面」云々を仄めかすということは、梓には期待しているとみていいでしょうか。もしも、梓と南が同じパートならエピローグでジャージを貰っていたのは未来ではなく南だったでしょうか。

 

「一年のことは先輩が何であんなに怒るのかわからんかったけど、今はようわかるねんな。練習しとるとさ、足りないっていう気持ちになんの。もっとやらんと、もっと上手くならないと、じゃないと負けるって」「足りない、ですか」「そう」p151

梓は、南のこの言葉をぼんやりとでも理解できているんじゃないかなと感じます。最も、 理解でいないような後輩は1vs1 で話すとも思えないですが。

 

 少なくとも、副部長を真の鬼呼ばわりして、あみかが好意を伝えただけで「洗脳されたの?」とかのたまっている某西条姉妹は南の上の言葉の真意を全く理解できてないでしょう。カーラガードとしては、2人はあみかに抜かれそうな気がします。

 

その役割を貫徹した南ですが、最後に「仮面」を外して涙ぐむシーンがあります。

「本番はたった六分間です。たった六分間で、夢みたいな時間は終わっちゃうんです。ここまで来たら、もう結果とかどうでもいい。とにかく、楽しんでやりましょう。そしたら、勝手に結果がついてきます」感極まったのか、そこで南は一度口をつぐんだ。その頬を伝う涙に、梓は自身の喉がカッと熱を持ったことが分かった。(中略) 目元を押さえて、南は笑った。「泣くのが早すぎた。本番までは絶対泣かんとこうって、そう思ってたのに。なんか。ここに立ったみんなの顔見てたら、ちょっと、涙出てきた」そう言って、南はごしごしと乱暴に目元を拭う。 p331-332 

 中高大と部活やっていましたが、全国大会に行ったのは高校だけで、その時は生物部で全部員が2人の超少人数なので、南のような感慨で涙ぐんだことは無いですね。ああ、立華高校吹奏楽部みたいな青春を送りたかったですね… 涙ぐんだのは、北宇治高校と違い強豪というプレッシャーもあったのでしょう。

 

「ほんま、楽しんでやろう。人生振り返ったときに、この六分間がいちばん楽しかったって、そう言える本番にしよう。ミスっても気にしんでいい、今日ばっかりは私が許す。本番が終わって最高やったって、そう思えるようなパフォーマンスにしよう」p332

 このシーン読んでいくと、ホントに感動します。2度はやりたくないけど、経験してよかったという強豪校の皆さんのキモチはよく分かります。アニメ化でも1字1句再現してほしいシーンです。青春最高! 北宇治編アニメでは全国本番は全カットですが、立華アニメではむしろ全国以外全カットで全国が6分フルでやると個人的には予想します。

 

まあ、冷静に考察すると、「先輩」とかいう「仮面」を外して、とにかく一生悔いのない6分間を楽しもうという気持ちになって涙が出た場面ですね。

 

オ.小山桃花~名瀬あみかの未来像~

 小山桃花は副部長かつカラーガードリーダーですが、後編表紙に書かれているにも拘らず南や未来と異なり人物描写が分かりにくいです。その理由は、彼女が登場するのがもっぱら後編のあみかを叱っている場面で梓と1vs1で話している場面が少ないためです。

 

彼女の物語の役割としては、「梓が未来によって成長して行くように、あみかが成長するための触媒」と「名瀬あみかの未来像」の2つと言えるでしょうか。

 

前者は、あみかが叱られつつも叱られ方がマイルドになって、マーチングコンテスト京都大会直前ではあみかが桃花にわしゃわしゃされる場面もありました。

↓アニメ化されればこのシーンは見てみたいですね。で、梓が不快な表情を隠しきれないという

後者に関しては、あみかと桃花のプロフィールを比較していくと分かりやすいです。

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あみかと桃花のプロフィールで、共通点は「甘いものが好き」,「好きな色」,「辛い食べ物が嫌い」という点が挙げられます。違う点は、あみかが嫌いなものに「運動」と挙げているのに対し、桃花が特技に「ダンス」を挙げているので、元々あみかよりは運動神経に長けていたと思われます。身長も、あみかは152㎝と小柄な方ですがあみかは1年なので3年時には桃花位まで身長が伸びていると思われます。

 

また、小山桃花の特徴についてブログめぐりあいクロニクルの管理人胡桃坂氏は

・かわいい系のビジュアルだけど言動はキツイ、でも内面は思いやりのいい子
・プライドが高く努力家で、プロフェッショナル意識が強い

「立華高校マーチングバンドへようこそ」感想 - めぐりあいクロニクル

 と評していますが、当たっているなぁと感じます。

 

エピローグよりあみかの3年生時の髪型は

ふわふわとボリュームのある髪は、桃花の影響からかサイドにふたつに束ねられている。愛くるしい印象を与えるあみかの顔立ちに、その髪型はよく目立っていた。p342

と本編桃花のような髪形をしていることが示唆されています。3年時のあみかも本編桃花みたいなスパルタカラーガードリーダー何でしょうか。

 

桃花はあみかの3年生の未来像というのは描写から明らかですが、3年生の登場人物の1年生の過去編が北宇治の時みたく語られれば、桃花もあみかみたいに泣かされる話があるのでしょうか。流石に、1年桃花があみか程トロいとも思えないですが。

「桃あみ」というカップリング的には魅力的ですが、正直もう少し描写が欲しかった登場人物ですね。アニメでの補完を期待します。

 

6.「立華高校マーチングバンドへようこそ」総括

ア.感動したシーン

◎神田南の中盤の梓との会話を踏まえた、マーコン全国直前の涙を流す場面

◎未来の「無償の愛」宣言。未来のこのシーンで、この物語は未来と梓に関しては百合物語というより、疑似的な父娘関係であると確信しました。

イ.見たかったシーン

◎桃花と梓の会話シーン(北宇治編の夏の合宿の優子と久美子の会話みたいな)

◎全国大会後のやり取り(特に桃あみで、桃花が泣くシーンとか)

◎西条姉妹の精神的な成長シーン(この姉妹の成長は特にみられず…)

ウ.総評

「立華高校マーチングバンドへようこそ」は、単純な強豪校の部活物かなと初見で読破時は思いましたが、 途中から百合的な要素が有ると感じ、未来の梓への告白シーンをよくよく観察すると、佐々木梓に欠けていた父親という要素が未来だという見立てで考察しました。武田先生の思惑と違うかもしれませんが…

 

立華編は、北宇治編のいわゆる久美子の吹っ切った過去を象徴するために登場させたと思われる梓の物語でした。北宇治編が強くなる過程を書いた話なら、立華は強豪で実力があるものの苦悩(立華全体もですし、梓個人的にも)を書いた話と言えるでしょう。

 

とりあえず、立華編の感想はこれで1区切りですが「北宇治高校の吹奏楽部日誌」の感想と考察に関しては後日行う予定ではあります。後は余裕があれば、北宇治編の原作小説の考察&立華前編の考察改訂等々もと思っています。

 

それでは最後に立華高校の伝統的な言葉を書いて終わります!

「お礼は本番の演技でええよ」

 

7.余談

ア.読書感想文にはお勧めしないという話

「立華高校マーチングバンドへようこそ 読書感想文」で本記事に来た方も多いと思いますが、本書は前編ということで回収されてない伏線も多いです。ですので、正直なところ感想文は描きにくいと思います。『響け!ユーフォニアム』シリーズでどうしても感想文を書きたいならば、『響け!ユーフォニアム北宇治高校吹奏楽部へようこそ』をおススメします。感想文の主軸としては、「周りの空気に流されること」および「それに反発すること」をテーマにすればよいと思います。ちなみに3巻まで読めば社会問題となっている「ブラック部活動」あたりと結びつけて読書感想文を書ける気もしてなりませんが、内容次第では職員室呼び出しなので気をつけましょう。

イ.立華高校の登場人物について勝手に妄想してみた!

A.立華高校の部員がもし大学進学したらという妄想

まずは、1年生から

 

 因みに3年生は...

的場太一? 知りません。 戸山志保と付き合えるのでしょうか?番外編が出るなら進展を期待します。

 

B.pixivのイラスト数予想

 ちなみに、みらあず(未来×梓)やあずせり(梓×芹菜)の次に人気が出るカップリングは、桃あみ(桃花×あみか)と勝手に思います。アニメで桃花登場シーンがどれだけ追加されるかにもよりますが。

 

ウ.モデル校京都橘高校吹奏楽部の全国大会圧巻の演技 

 

冒頭にお見せした動画は京都府大会の演技で有るのに対し、こちらは全国金賞を取った時の演奏です。京都大会時よりどれだけレベルが上がっているか、比較して見ると作品がより楽しめます。

 

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