今回も架空世界日本の鉄道路線を紹介したいと思います。今回は地元でもある三重県の代表的路線の伊勢電気鉄道本線について取り上げたいと思います(史実では近鉄名古屋線+伊勢電気鉄道廃止区間)。この世界では伊勢電こと伊勢電気鉄道は史実と異なり参宮急行電鉄に吸収されずに存続している設定となっています。
史実との違いとしては
●伊勢電気鉄道は史実より地元が発展(特に津市,桑名市)している
●伊勢神宮方面に競争路線が昭和後期まで無い(史実国鉄伊勢線時に名古屋~伊勢神宮が国鉄鉄路でつながるように)
という要因で伊勢電気鉄道は参宮急行電鉄(この世界では後に浪速電気鉄道に吸収され畿内鉄道となる)に吸収されずに独立会社として存続しています
●第2次世界大戦までの歴史が大きく変化していることもあり、周辺中小私鉄&乗合自動車企業&百貨店(岡田屋)を吸収合併して百五銀行,平田財閥等と共に伊勢国(史実三重県)屈指の有力企業となっている
目次
伊勢電気鉄道本線は、尾張国名古屋市栄区の伊勢電名古屋駅から伊勢国宇治山田市の伊勢電宇治駅までを結ぶ伊勢電気鉄道の鉄道路線であり同社の本線でもある。
概要
名古屋と伊勢神宮を結ぶ特急列車が多数設定されている。また、名古屋・桑名・四日市・津・松坂など、沿線都市を中心とした地域輸送も急行や準急列車により担っている。
路線データ
路線距離(営業キロ):109.4 km
軌間:1,435mm
駅数:69駅(起終点駅含む)
複線区間:全線
電化区間:全線電化(直流1500V)
閉塞方式:自動閉塞式
最高速度:130 km/h
路線の特徴
伊勢電気鉄道本線は伊勢平野の伊勢湾沿岸部に敷設され、比較的平坦な路線となっている。また、名古屋都心部の地下区間として伊勢電名古屋~米野間が地下トンネルとなっている。
路線の歴史
伊勢電気鉄道の前身である伊勢鉄道は、1900年に設立された。当時伊勢国の鉄道路線としては東海道本線が通っていたが旧東海道沿いを走行しており亀山を拠点駅としていたために、安濃津藩の城下町である安濃津(現在の津)や伊勢国南部の拠点である松坂、そして伊勢神宮のおひざ元である山田や宇治は鉄道空白地帯となっていた。
これを埋めるべく津と四日市を結ぼうと計画したのは、伊勢新聞社長である松本恒之助であった。この松本の奔走により大日本国の鉄道王とよばれた雨宮敬次郎を担ぎだすことに成功すし、1901年(明治33年)になり伊勢鉄道として出願した。
まずは、白子港で有名な港町である白子と四日市駅(国鉄四日市駅)を1903年に開通させ、その後も建設を重ねて1910年には四日市~津新地(地下化で伊勢電津に移転開業)まで開通させた。この時点では津と四日市を結ぶ地方私鉄に過ぎなかったが、1925年に四日市製紙(現在:熊澤製紙)を始め多数の会社を経営し「東海の飛将軍」と称された熊澤一衛が伊勢鉄道の社長に就任後に都市私鉄への脱皮を図るべく複線電化および松坂・伊勢神宮、桑名、そして100万人都市で尾張国の首都である名古屋への延伸を画策するようになる。
まずは、開通区間の電化および伊勢国北部の工業都市桑名市への延伸を図ることとなり1926年(昭和元年)に開通区間の電化および四日市~桑名(複線電化)の延伸がなされた。更に名古屋へは、1930年に桑名~名古屋間(複線電化)の延伸がなされ、特に米野~名古屋は名古屋初の地下路線として開通した(名古屋初の地下鉄である大津通線は1933年開通)。名古屋への開通に当たっては、伊勢神宮派と名古屋延伸派の対立があったものの熊澤の決断で収益性の高い100万都市である名古屋への延伸を優先する結果になった。
さらに伊勢神宮へは、1935年に伊勢電津~大神宮前(現:外宮前駅)が開通(複線電化)しこれで伊勢神宮から名古屋間が1つの鉄路で結ばれたことになる。同時に有料特急である「初日」(現在では一部有料)の伊勢神宮へは既に国鉄伊勢本線および大坂系の鉄道会社である参宮急行電鉄の路線が存在していたがいずれも大坂方面への路線であったため経営は非常に順調であった(名古屋方面へ直結する国鉄伊勢線は1973年開通)。
さらに1938年までに既存区間の複線化も完了し、大東亜戦争,第2次世界大戦時においても兵士および兵器等の貨物輸送、国威発揚のために伊勢神宮への参拝が奨励されたため大いに役立つこととなった。
戦後も、地元企業である岡田屋百貨店を四日市駅の移転に伴って誘致したり四日市および桑名市街地周辺の高架化が行われた。国鉄伊勢線が1973年に開通後は同線に対抗するため茂福駅や伊勢電野田駅といった新駅の設置や、開通に先立ち津市内地下化&ルート切り替えといった対策を乗じた。また1975年には内宮である宇治への延伸も行われ、現在の本線区間が全線開通したことになる。
年表
1900年10月20日 伊勢鉄道に対し鉄道免許状下付(津 - 四日市間)
1903年9月10日 白子~四日市駅(国鉄)間を前身の伊勢鉄道株式会社が開通させる
1910年3月1日 四日市~伊勢電津間全通
1926年1月30日 開通区間の電化完成
12月26日 四日市~桑名間開通
1930年6月26日 桑名~伊勢電名古屋開通(複線電化)
1935年12月25日 伊勢電津~大神宮前(現:外宮前駅)開通(複線電化)
1951年9月23日 四日市駅現行路線に移設
1958年6月18日 岡田屋百貨店四日市店が四日市駅に出店
1959年 伊勢湾台風での復興で全線複線化工事へ
1970年3月1日 大神宮前~伊勢宇治間延伸,白紙時刻改正
1972年7月16日 津市街地地下化および伊勢電津駅に岡田屋百貨店津店出店
1973年10月11日 伊勢電四日市駅付近高架化
1979年3月15日 岡田屋四日市店増築
1990年3月18日 皇紀2650年記念でイセ2650系(3扉クロスシート)による急行が最高時速120㎞で運転開始
1992年4月1日 岡田屋四日市店地下から国道一号交差点まで続くくすのき地下街増設(伊勢電四日市駅南広場および地下2階にくすの木駐車場併設)
2003年 最高時速130㎞に上昇(特急のみ)
駅一覧
●停車駅は2019年8月11日からのもの。
●特急「初日」停車駅は、運行形態を参照のこと
●普通に関しては全駅停車なので省略する
路線図は以下の通りとなる
運行形態
運行本数
伊勢電名古屋発は、日中おおむね1時間あたり特急「初日」が2本(0分と30分発)、急行4本(伊勢電宇治行10分,40分発,伊勢奥津行55分発,岩田行25分発)、準急3本(湯の山温泉行2本,伊勢電津行1本)、普通4本(桑名行1本,四日市行2本,伊勢電津行1本)の運転。他に普通電車は伊勢宇治行が伊勢電四日市から1本,伊勢電津から2本運転されている。夕ラッシュ時は特急「初日」2本、急行・準急は各4本(準急は伊勢神戸行が1本加わる)、普通は4本の運転である。朝の伊勢電名古屋方面は各種別が増発され、特に急行は新松坂・白子・平田町発なども加わる。
列車種別
特急「初日」
特急には国鉄同様に愛称が存在し1935年の列車制定以来一貫して「初日」と名乗っている。停車駅は桑名駅,伊勢電四日市駅,伊勢電津駅,伊勢電松坂駅,外宮前駅のみと制定以来変わわっておらず伊勢国内の10万人クラスの主要都市のみに停車する最速達種別である。現行車両は、2013年に第62回式年遷宮を記念して新造されたイセ2310系(デハニ231形)を用いており5両編成で両端2両がリクライニングの有料車両(1+1席)でその他3両は転換クロスシートとなっている。
急行
本線で終日運転されている。2019年8月11日現在における本線の途中停車駅は、特急の基本停車駅に加えて笹島駅、伊勢電富田駅、塩浜駅、伊勢若松駅、白子駅、部田駅、岩田駅、伊勢湯田駅に停車する。特急をのぞく三重県内における長距離速達種別であり、特急列車を補完する役割がある。専用車両として、転換クロスシート車のイセ2650系4両が用意されておりロングシート車と併結されて運転されている(朝夕ラッシュ時は全車ロングシートの運行もあり)。
途中駅における他種別との連絡は夕ラッシュ時をのぞき桑名駅・白子駅・伊勢電松坂駅で普通に、朝 から日中は伊勢電四日市駅で準急に連絡する。夕ラッシュ時は桑名駅で四日市駅発着の普通(一部列車のみ)、伊勢電四日市駅で準急、白子駅と伊勢電松坂駅で普通に連絡する。夜間の伊勢電津行きの一部は部田駅で伊勢電松坂行き普通に連絡する。
準急
現在の準急は2003年に制定されたものを基本としており終日運転されている。日中は伊勢電名古屋駅 - 伊勢電四日市駅間で1時間あたり3本,伊勢電四日市以遠で2本(残り1本は湯の山線乗り入れ)運転されている(ただし各駅に停車)、日中以外は近鉄名古屋駅 - 伊勢神戸駅・伊勢電津間で運転される。笹島駅 - 伊勢電蟹江駅間は無停車で、伊勢電蟹江駅以南は各自治体ごとに最低1駅以上停車する。尾張国内および伊勢国北部(桑名,朝明,三重郡)での短距離速達種別で、伊勢国中部での普通列車の補完という位置付けになっている。
普通
各駅に停車する。日中は1時間あたり伊勢電名古屋駅 - 桑名駅間,伊勢電四日市駅, 伊勢電津駅(一部時間帯は伊勢電宇治駅)間の系統がそれぞれ1本,2本,1本運転されており、伊勢電四日市,伊勢電津からそれぞれ伊勢電宇治行が1本,2本運転されていることから伊勢電四日市駅 - 近鉄津駅間で各駅停車になる毎時2本の準急を含めて、近鉄名古屋駅 - 伊勢電津駅間では1時間あたり3本の本数が確保される。伊勢電津以南では普通のみの駅で1時間に2本しか確保されないことから準急を伊勢電宇治まで延長または普通の増発の要望が地元から出されている。
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↑現実世界の四日市駅です、この世界ではもう少し規模が大きくなります